「しかし腕を上げたものだな、ナナモ女王陛下も大層お喜びだ。また、向こうの内輪の不手際も有った様で貸しを作る事も出来た。これでウルダハとの交渉もスムーズに運ぶだろう。」
メルウィヴ提督は満足そうにワイングラスを揺らしながら首だけを斜め後ろに向けて語りかける。
その視線の先には片づけを終え、手を拭きながら厨房から歩いていくる一人の料理人が居た。
「お褒めに預かり光栄です。」
彼のその短い返答には、彼女の後半の言葉、生臭い政治交渉の話には全く興味が無いという意図が含まれている事は容易に見て取れた。
「まぁ掛けたまえよ、アーサー。」
そんな彼の表情にメルウィヴはやや苦笑を浮かべながら椅子を勧める。
濃い褐色の髪を無造作に後ろに流したヒューランの青年は、やや緑掛かった瞳を彼女に向けながら腰掛けた。額にはおよそ料理人らしからぬ大きな傷跡。
アーサー・ラファエル、それが彼の本名であり、三国を又に掛ける自由騎士こそが彼本来の姿である。
「しかし貴兄の剣の腕前は三度目覚めた三蛮神を討ち倒すのだから言うまでも無いが、鍋を振らせてもつくづく大した物だな。」
「いや、自分の腕前などまだまだ半人前です。提督もよくご存じでしょう?うちの流麗な腕利きのエレゼンを。彼女に比べたら自分など。」
「あぁ、アルティコレートか、よく知っているよ。彼女は学者としても優秀だそうだな。」
「ええ、彼女とは冒険を共にした事も有りますが、自分の知る中で5本の指に入るヒーラーです。それはそうと話しとは・・・?」
そう、メルウィヴ提督から晩餐会の後に時間が取れないかと予め打診を受けていた。
彼は黒渦団の所属となっているが、実質的には自由な活動を許されている。ただそうは言っても提督直々に話を聞きたいと言われれば流石に無視する訳にもいかない。
「ああ、そうだったな・・・。年が明けてから貴兄達冒険者が例の・・・、そう、メテオ探査坑に足を運んでいると聞いてな。」
「ええ、確かに。」
「黒渦の長としては、周辺警備に一等甲兵を割いてもいるのだ、話しを聴く権利位は有っても良いと思っているのだが。跳ねっ返りのアリゼーときたら連絡の一つもよこさんのだよ。」
「・・・・・・。恐らくそれには理由が・・・・・・。」
一瞬の沈黙の後、彼はゆっくりと口を開く。
「バハムート・・・・・・。」
ガタッ!!
その名を告げた瞬間、彼女は弾かれた様に立ち上がる。
「なっ・・・・!? な、なんだと・・・・。あの第七霊災の忌まわしき記憶の根源が其処に在るというのかっ!!」
「あれはバハムートと見て間違いないでしょう・・・。但し、活性状態には無いと思われます。そもそも完全な形で存在しているのかすらはっきりしません。」
「どういう事か?」
「我々があそこで目にしたのは途方もなく巨大な翼と右手のみでしたから。」
「とはいえ、我々の領土内での話だ、知らぬ存ぜぬでは済まされぬ。調査として黒渦団一個大隊の派遣も考えねばなるまいよ。」
アーサーの受け答えの様子から可及的速やかな対応が必要ではない事を見てとったものの、彼女にとって厄介な案件がまた一つ増えた事は間違いない。
「提督、率直に申し上げると黒渦団の派遣は避けるべきです。」
「理由は。」
「探査坑内のエーテル濃度は異常です。我々とて週一度、数時間の調査が限界、加えて偏属性クリスタルの影響か異常に狂暴化した魔物の巣窟です。何よりも古代アラグの遺した侵入者を排除するシステムの前に悪戯に犠牲者を増やすだけです。」
「5000年以上の時を経ても尚、未だ機能しているアラグの遺構があそこにも・・・?!」
「ええ。」
ガレマールが復活させたアルテマウエポン、我々が古代迷宮と呼んでいるクリスタルタワー等、古代アラグ帝国の技術が自分達の想像を遥かに上回る事を知るメルウィブには、アーサーの進言が至極妥当な物である事を理解した。
古代アラグの力を前にした時の自分たちの無力さを改めて思い出したのか、蒼白さを含む彼女の肌が紅潮するのを見る事は無いが、噛み締めた唇と机に置かれた握り拳の震えが提督としての悔しさを表している。
「止むを得まい・・・。我々として足を踏み入れる事がままならぬ以上は、尚更貴兄から詳しく話を聞かない訳にはいかぬな・・・。聞かせてくれ、そこで貴兄が見た物、感じた事、得た物、その全てを。」
アーサーは手元に有ったグラスの水を一気に飲み干して一つ大きく息をつくと、メルウィブを真っ直ぐに見つめながらゆっくりと口を開いた。
「分かりました。話しましょう、かの大迷宮で私が仲間と共に戦った日々の記憶を。」
ー 続く ー
※ 3/28 一部登場人物について許可を頂きましたので、人物名を加筆修正致しました。
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